東京地方裁判所 昭和52年(ワ)11900号 判決 1981年3月12日
原告 一柳乙蔵
右訴訟代理人弁護士 河鰭誠貴
被告 小島祐輔
<ほか七名>
右八名訴訟代理人弁護士 城口順二
右訴訟復代理人弁護士 村井勝美
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 原告に対し、被告谷口澄子及び同谷口勝範は別紙物件目録(二)記載の建物から退去して、同谷口勝範を除くその余の被告七名は同建物を収去して、それぞれ別紙目録(一)記載の土地部分を明け渡し、かつ、被告らは各自昭和五三年三月三日から右土地部分明渡済まで一月金七三七三円の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 別紙物件目録(一)記載の宅地五四〇・六六平方メートル(以下「本件宅地」という。)は、もと訴外芝崎平七が所有していたところ、同訴外人は昭和六年八月ころこれを訴外福田正次郎に贈与し、同訴外人は昭和二五年四月一〇日これを訴外小島一男に売り渡し、同訴外人は昭和二九年四月二四日これを原告に売り渡し、原告はこれを買い受けて別紙物件目録(一)記載の土地部分(以下「本件土地」という。)を含む本件宅地の所有権を取得した。
2 被告谷口勝範を除く被告ら七名(以下「勝範以外の被告ら」という。)は別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を共有して、また、被告谷口澄子及び同谷口勝範(以下「被告谷口ら」という。)は本件建物を占有して、それぞれ本件土地を占有している。
3 本件土地の賃料相当額は、一月金七三七三円である。
4 よって、原告は、本件土地の所有権に基づき、被告谷口らが本件建物を退去して、勝範以外の被告らが本件建物を収去して、それぞれ本件土地を原告に明け渡し、かつ、被告らが各自占有開始の後(本件訴状の送達の後)の日である昭和五三年三月三日から右明渡済まで一月金七三七三円の割合による賃料相当の損害金を支払うことを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求原因1のうち、本件宅地はもと訴外芝崎の所有していたものであり、後に訴外福田に所有権が移転したことは認め、原告が訴外一男から本件土地を買い受けたことは否認し、その余は知らない。
2 同2は認める。
3 同3は争う。
三 抗弁
1(一) 訴外福田は昭和二五年ころ訴外小島松太郎(以下「訴外松太郎」という。)に対し本件宅地を売り渡し、訴外松太郎はそのころ被告らの先代小島留吉(以下「先代留吉」という。)に対しその一部である本件土地を贈与した。
(二) 予備的に、訴外福田は昭和二五年ころ訴外小島一男(以下「訴外一男」という。)に対し本件宅地を売り渡し、訴外一男はそのころ先代留吉に対しその一部である本件土地を贈与した。
(三) 先代留吉は、昭和三六年二月三日死亡し、勝範以外の被告らが、相続により、本件土地の所有権を取得した。
2 先代留吉及びその相続人である勝範以外の被告らは、相続の前後を通じて、昭和二五年ころ、昭和二九年四月二六日又は昭和三一年一二月三〇日のいずれかの日から二〇年間本件土地を占有したから、勝範以外の被告らは、時効により本件土地の所有権を取得した。
3 以上が認められないとしても、先代留吉は、昭和二五年四月ころ、本件土地を、当時の所有者訴外一男から、建物所有を目的として期間を定めず使用貸借により借り受け、昭和二七年ころ本件土地上に本件建物を建築し、所有するに至ったところ、原告は、訴外一男から本件土地の所有権を取得して先代留吉に対する本件土地の使用貸借契約上の貸主の地位を承継したものであるが、勝範以外の被告らは、昭和三六年二月三日、相続により本件建物を共有することになるとともに、本件土地の使用借権をも相続し、被告谷口勝範は被告谷口澄子の履行補助者として本件建物を占有しているものである。
4 以上が認められないとしても、原告は、訴外一男に対する貸金債権の担保のため同訴外人から本件宅地を買戻特約付の売買契約により取得したものであり、原告自ら緊急にこれを使用する必要がないのに、被告ら就中被告谷口らの本件土地建物使用の必要性を知って被告らに対し本件土地の明渡を求めているものであるから、右は権利の濫用にあたる。
四 抗弁に対する認否
1(一) 抗弁1の(一)は否認する。
(二) 同(二)のうち、訴外福田が昭和二五年ころ訴外一男に対し本件宅地を売り渡したことは認め、その余は否認する。
(三) 同(三)のうち、先代留吉が昭和三六年二月三日死亡したことは認め、その余は否認する。
2 同2の占有継続の事実は認める。
3 同3は認める。但し、本件土地の使用借権の相続は争う。
4 同4は否認する。
五 再抗弁
1 (抗弁1に対して)
本件土地を含む本件宅地については、訴外福田から訴外一男への、次いで同訴外人から原告への各所有権移転登記が経由されている。
2 (抗弁2に対して)
先代留吉及び勝範以外の被告らの本件土地の占有は、所有の意思を欠くものである。
3 (抗弁3に対して)
(一) 先代留吉は、昭和三六年二月三日死亡したから、原告と先代留吉との間の本件土地の使用貸借契約は、借主の死亡により失効した。
(二) 右が認められないとしても、本件土地の使用貸借契約成立後長期間経過した昭和五五年四月二四日の時点においては、被告らの本件土地の使用収益に必要な期間は経過しており、使用貸借契約は終了した。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1は認める。
2 同2は否認する。
3(一) 同3の(一)の先代留吉が死亡した事実は認める。
(二) 同(二)は争う。
(三) 本件土地の使用貸借は、叔父・甥の関係にある先代留吉と訴外一男との間において、先代留吉が自己及びその家族の居住用建物を所有する目的で成立したものであり、先代留吉の死亡によっても、その後の日時の経過によっても、いまだ使用貸借の目的たる本件土地の使用収益は終っていない。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1のうち、本件土地を含む本件宅地はもと訴外芝崎の所有していたものであり、後に訴外福田に所有権が移転したこと及び請求原因2(勝範以外の被告らが本件建物を共有して、また、被告谷口らが本件建物を占有して、それぞれ本件土地を占有していること)は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件宅地は昭和六年八月二一日訴外芝崎から訴外福田に贈与されたものであること、訴外松太郎は訴外芝崎所有当時から本件土地を借り受けて工場及び住居用建物を所有し、同地上建物に弟の先代留吉を居住させるなどして兄弟で株式会社川口螺子製作所を経営していたところ、昭和二五年四月一〇日、右の工場等の敷地である本件宅地を、長男としてすでに当時右会社の経営に携っていた訴外一男のため訴外福田から買い受けたこと、訴外一男は右会社の原告に対する約六〇〇万円の金銭債務の支払に代え、昭和二九年四月二四日、本件宅地を同訴外人から原告に対する関係において昭和三一年一二月三〇日を期限とする買戻特約付で譲渡し、右買戻期限の経過により確定的に本件宅地の所有権が原告に帰属したものであることを認めることができ(る。)《証拠判断省略》
二 訴外福田が昭和二五年ころ訴外松太郎に本件宅地を売り渡した旨の抗弁1の(一)に副う証人小島一男の供述部分及び前叙のとおり本件宅地の所有権を取得した訴外一男が昭和二五年ころ先代留吉に対し本件土地を贈与した旨の抗弁1の(二)に副う同証人及び被告谷口澄子本人の各供述部分はいずれも採用できず、他に右各抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。また、所有権の取得時効に関する抗弁2は当事者間に争いがないけれども、後述(三)のとおり、勝範以外の被告らの本件土地の占有は、使用貸借によるものと認められるから、所有の意思によるものではない(再抗弁2)ものというべきであって、右の取得時効の抗弁は理由がない。
三 次に、先代留吉は昭和二五年四月ころ本件土地を当時の所有者訴外一男から建物所有を目的として期間を定めず使用貸借により借り受け、昭和二七年ころ本件土地上に本件建物を建築し、所有するに至ったこと、原告は訴外一男から本件土地の所有権を取得して先代留吉に対する本件土地の使用貸借契約上の貸主の地位を承継したこと、勝範以外の被告らは昭和三六年二月三日先代留吉の死亡により本件建物の所有権を相続してこれを共有することになったこと及び被告谷口勝範は被告谷口澄子の履行補助者として本件建物を占有していること(使用借権の相続の効力を除く抗弁3及び再抗弁3の(一))はいずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》並びに前認定の事実によれば、先代留吉は、自己及びその家族の居住用建物の所有を目的として甥の訴外一男から本件土地を使用貸借により借り受け、妻子とともに本件建物に居住していたこと、先代留吉の死後、その子である被告らの多くが順次独立していったが、昭和五〇年までは留吉の妻が病臥し、この間被告谷口勝範と結婚した三女の被告谷口澄子夫婦がその面倒をみつつ本件建物に居住し、現在被告谷口ら夫婦が二人の子と居住していることを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、建物所有を目的とする土地の使用貸借においては、当該土地の使用収益の必要は一般に当該地上建物の使用収益の必要がある限り存続するものであり、通常の意思解釈としても借主本人の死亡により当然にその必要性が失われ契約の目的を遂げ終るというものではないから、本件のような建物所有を目的とする土地の使用貸借につき、任意規定・補充規定である民法五九九条が当然に適用されるものではない。そして、前記のとおり、勝範以外の被告らは相続により本件建物を共有するに至ったものであるから、これと同時に本件土地の使用借権をも相続したものと認められ、また、右認定の事実に見られる本件土地・建物の使用状況からすれば、本件においては、いまだ本件土地の使用収益に必要な期間が経過したものと認めることはできないから、再抗弁3はいずれも理由がないに帰する。
四 以上のとおりであるから、その余の事実につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 久保内卓亜)
<以下省略>